- 第2回 -

カフェ&レストラン「パイロット・バード」
オーナー

光田 和子 さん
(みつた かずこ、29歳)



独立女性名鑑

 
 会社員〜バックパッカー〜インディペンデント系出版社〜カフェ経営と短期間にさまざまな体験をした光田さん。どんなときでも自分自身をもっと知りたいと前向きにチャレンジしてきた。2年後には、解散することが決まっていた出版社を経てフリーのデザイナーとして歩き出した光田さんは、また自分の歩むべき道を探し始める。お金のためでなく、心の満足を求めて、自分は誰よりも一生懸命働きたい。大きなリスクを負ってみたかった。
今度は自ら、何か目に見える形あるものを作り上げるという目標を自分に課せないか?そう考え始めていた。
「居心地のよい空間をつくって、そこで自分を表現したい。それがこのカフェという形になったのです」
 カフェ経営を通して見つけた自己表現は、人を喜ばせたり、満足させること。店は小さな箱にすぎないけれど、ここで、より大きな自分を探し続けたいと言う。

3カ月放浪の旅の経験が
自分の固定概念を変えた
 

 もともとスポーツが大好きだった光田さんは、大学を卒業後、スポーツ用品メーカーに就職した。毎日終電で帰宅するほど忙しいのに、自分のやりがいが見出せない。次第に「何か別のことをやりたい」という想いが膨らんでいった。約3年働いた後、退職。会社を辞めたら真っ先に実現したいと思っていたオーストラリア旅行へと出発した。

日豪交流センターで知り合った友人と2人で車を運転して野宿しながら3カ月で、ほとんど全土を走破した。
「この旅の経験から『人間、やれば何でもできるじゃん』という気持ちが生まれました。今まであった固定概念の枠が外れ、細かいことなどどうでもいいと思えるようになったんです」


自分を満足させるものを
熱い出版社で教えられた
 

 帰国したある日、1冊の本と運命的な出合いをする。サンクチュアリ出版の『ヘブンズドア』だ。ふと手にしたその本には、光田さんの心に刺さるキーワードがいくつもちりばめられていた。もともと出版には興味があり、会社員時代に編集の学校に通っていた。
「よく読んだら、自分より年下の男の子が出版社を作って、この本を書いている。そうか! 出版社を作るという方法があったのか! とショックでしたね」

 そこに書かれた連絡先に電話を入れ、サンクチュアリ出版の一員となる。
「2年後には、この会社は解散することが決まっていました。終わりを決めることで本気になってやろうぜ!
 という雰囲気が生まれていましたね」
 自分自身の成長のために全力で仕事をする熱い人間たちばかりの中で、どういうやりかたで仕事をすれば、充足感が得られるのかを体得した。会社員時代に渇望していたものはこれだったのだ。


自己表現の場としての
カフェ作りを模索中
 

 サンクチュアリ出版解散後、フリーのデザイナーとして歩き出した光田さんは、また道を探し始める。
「知り合いの人から仕事がきて、それでとりあえず食べていける。でも、なんとなく物足りなかったのです」
 お金のためでなく、心の満足を求めて、自分は誰よりも一生懸命働きたい。大きなリスクを負ってみたかった。今度は自ら、何か目に見える形あるものを作り上げたい。そう考え始めていた。
「居心地のよい空間をつくって、そこで自分を表現したい。それがこのカフェという形になったのです」
 料理に興味のある幼馴染みの栗田真貴さんと共同で店をもつことに決め、物件探しを始めた。物件が決まらないことには、公庫から融資が受けられない。ひょんなことから、候補地でもなかった六本木に店舗が見つかった。

「天井の高さと庭を見て、即決しました。でも、六本木の再開発でテレビ朝日が工事中になるなんて知らなかったんですよ。いいお客さんになってくれると期待してたんですけどね(笑)」
 物件が決まってから2カ月半後に、店をオープンさせた。
「2人で常にフル回転状態でやってみて、まったくの余裕のなさに、気持ち的に追い込まれてきました」
 そこで2人で話し合い、目先のお金よりも心の余裕が大切だと、アルバイトを雇うことに。
「まだまだ自分たちの給料は出ませんが、余裕が出たことで、よそのカフェ巡りをしたりして、新しいこの店のありかたを考えられるようになってきました」
自分たちがこの場所を大好きじゃないと、お客さんも楽しくない。この店に来てくれたすべての人が、人生を上手に進んでいける水先案内人になってほしいと願っている。光田さんの航海は、始まったばかりだ。


 
Qどうやって公庫から
お金を借りたのですか?

保証人がいて、自己資金がそれなりにあれば、そんなに高いハードルではありません。ただ事業計画書や損益計算書とかはしっかり作らないといけませんが、係の人が親身になって、いろいろと教えてくれました。

Q店作りにはどのくらいお金が
かかりましたか?

家賃が25万2000円。最初に敷金9カ月礼金1カ月分で、約260万円。設計、施工、工事などは友人に頼み、内装と厨房工事が300万円。厨房機器、家具や冷蔵庫に150万円。食器はベトナムに買い付けに行きました。

Q店作りで役にたったものは

私がいたサンクチュアリ出版が発行した『自由であり続けるために僕らは夢でメシを喰う』というお店をオープンさせるための本です。アンダーラインを引きながら何度も読んで活用しましたよ。

Q今後の目標は?

まずは、売り上げを上げること。そのためには、メニューや内・外装すべてをもっとグレードアップさせて、「自分が客として毎日でも行きたいカフェ」として納得のいくレベルまで持っていくこと。その上で、ライブや展覧会、映画上映、スクールなどの催しをどんどんやっていきたい。人やモノが出会って、新しい何かが生まれる場所になっていけば嬉しいですね。

Q共同経営はむずかしくありま
せんか?

よく言われますよね。でも、何かあったときに心強いし、楽しいことは倍になる。恋愛と同じで自分以外の人と本気で向き合うことが何よりも大切になりました。そこから逃げなければ、やってみる価値はあると思いますよ。店を作りたい人はぜひ、このお店にきてください。何でも相談にのりますから。

 
 
▲アルバイトの岩瀬江梨さん(左)と軌保(のりやす)祐加さん。彼女たちのおかげで、ほかのカフェや、家具を見に行ったりする時間ができ、店の次への想いを育てることができるようになった

▲ランチは月〜金まで日替わりで3種類。写真はトマトとバジルのクールパスタ(850円)とアボカドと海老のカレー(800円)、アイスグレープフルーツティー(550円)


▲ビルの奥の1階なのでちょっとわかりにくいが、一度きたらその居心地のよさがやみつきになりそう。気持ちのよいゆったりとした時間が流れる空間

▲仲間のポストカードや絵を展示したり、販売したりしているコーナー。サンクチュアリ出版の本も置いてある
 
92年 ◆就職
東京都生まれ。明治学院大学経済学部商学科卒業後、スポーツ用品メーカーに営業事務として就職。
96年 ◆オーストラリア放浪
会社を辞め、派遣社員をしながら資金を貯めて、オーストラリア全土を3カ月間放浪。車で8000km走破する。
96年 ◆転職
帰国して偶然出合った本に感銘を受けて、社員5人のサンクチュアリ出版に押しかけ就職。営業からデザインまで何でもこなす。
98年 ◆解散・フリーデザイナーに
もともと期限が区切られたプロジェクトのような出版社だったために、8月に解散。その後はフリーのデザイナーとして仕事をスタート。昔のつながりで営業をしなくても、仕事は途絶えることはなかった。
00年 ◆カフェオープン
99年の夏から物件を探し始め、12月に決定。この2月に幼馴染みの栗田真貴さんと共同でカフェ&レストラン「パイロット・バード」オープン。
 

東京都港区西麻布3−2−7
 TEL:03−5410−2720
【開業】2000年2月
【開業にかかったお金】900万円(自己資金300万円・国民生活金融公庫から融資600万円)
【売上高】約100万円/月
【従業員数】共同経営者1人、アルバイト3人
【客数】多くて1日40人
【営業時間】11:30〜23:30(日祝定休)

 
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